自傷的自己愛について
说明:这是我用日语写作的小小尝试。
斉藤環の『「自傷的自己愛」の精神分析』を読みました。
実直に言えば、私はそのタイトルに釣られたと思います。この本には、精神分析、特にラカン的精神分析に関する解説はほとんど見つけませんでした。しかし、その中の家庭関係と自己愛についての示唆的な思考は、私にとって大きな気づきとなりました。
後者についてちょっと話します。私はある程度、かなり自己愛があると思います。『Shangri-La Is Calling』中の歌詞を借りるなら、“Thought I was the center of the system”という感じでした。でも、私はそうした卑屈なところもあります。自分の能力に対する信念は、かなり不安定で、自分でも確信が持てない、取り繕われたものにすぎません。つまり、私は自分の信念に十分な自信が持てず、自分の卑屈さを正々堂々と認めることができません。その点について言えば、改進の道は二つあります。一つは、自分の卑屈を許し、それを受け入れることです。もう一つの方法は、「自信を取り繕うこと」がより深い卑屈の表現であることを理解し、その上で、こういう自分を受け入れます。
一つ目の道より、私は後者の方がいいと思います。なぜなら、それこそ本当に自分の過去の行動を受け入れることにつながるからです。だから、私はもっと率直に、もっとポジティブに、自信を取り繕うことだと捉え、それを生きる道としようと思います。